自分と英語との関りを見つめてみようとここに記述します。
中学生の頃英語の先生が、課外授業で英語レッスンというものを
取り入れてくれた。
それは南アフリカの30-40代のブロンドの女性教師であった。
ミニスカート履いていて足の白さが印象的であった。
そこで初めて外人が喋る英語に接した。
その後、英語の成績も上がらず高校と
進学塾での英語の先生と出会う。
英文読解を教え込まれたが、時々100式司令という高速偵察機時代の
思い出を語ってくれた。
そこで、パイロットにあこがれ自衛隊航空学生の道に、コースはそれたが、
パイロットにも英語は必要で軍隊英語は覚えたが
軟弱な自分は、民間の会社で肉体的落さを追求。
自衛隊は肉体的に毎日体をこき使う。
そんな生活から民間の肉体的過酷がないところに行った時は、本当に民間は楽だと思った。
民間は肉体でなく精神的にきつい。
ある品目のトップメーカー上場企業に就職したが、そこでまた英語。
仕事が上がった後に英語レッスンがあり、強制的に受講。
そこでも、女性の白人の先生。
3か月位受講した。
そして、台湾出張、英語はつかわなかった。
マンダリンを喋っていたな現地の人。
あれよこれよで転職職して
次の会社は、東南アジアに工場をもつ上場企業。
1年間シンガポールで赴任。
そこでは英語を使う。
シンガポーリアンイングリッシュだ。
この英語はアメリカ本土でも通じる。
つづきたい、、、、、、、、、