【謎に包まれた英雄】阿弖流為の子孫は今どこで暮らしているのか?

阿弖流為の子孫について

 

阿弖流為の子孫

蝦夷の英雄・阿弖流為の血脈は途絶えたのか?

征夷大将軍坂上田村麻呂との戦いに敗れ、処刑された蝦夷の英雄・阿弖流為。その子孫については、確かな記録は残されていません。

しかし、いくつかの伝承や考察によって、阿弖流為の血脈がどのように受け継がれていったのか、いくつかの可能性が示されています。

奥州藤原氏との繋がり、蝦夷系豪族との繋がり、アイヌ民族との繋がりなど、様々な説が唱えられています。

この記事では、これらの伝承や考察を紹介しながら、阿弖流為の子孫の謎に迫ってきます。

果たして、阿弖流為の血脈は現代にまで受け継がれているのでしょうか?

阿弖流為(あてるい) - ひらかた肝高倶楽部


 

もくじ
1. はじめに

2. 奥州藤原氏との繋がり
3. 蝦夷系豪族との繋がり
4. アイヌ民族との繋がり
5. その他の伝承
6. まとめ

7. 参考文献

 

阿弖流為アテルイ)の子孫

1. はじめに

征夷大将軍坂上田村麻呂との戦いに敗れ、処刑された蝦夷の英雄・阿弖流為アテルイ)。その子孫については、確かな記録は残されていません。

しかし、いくつかの伝承や考察によって、その血脈がどのように受け継がれていったのか、いくつかの可能性が示されています。

このページでは、阿弖流為の子孫に関する様々な説を紹介し、その血脈の謎に迫ります。

2. 奥州藤原氏との繋がり

奥州藤原氏の祖である藤原清衡は、安倍貞任の娘を妻に迎えていました。安倍貞任は、阿弖流為の子孫であるとする説が有力です。

従って、奥州藤原氏は、阿弖流為の血脈を受け継いでいる可能性が高いと言えます。

藤原清衡は、安倍貞任の娘との間に男子をもうけましたが、男子は早世したため、清衡は娘を奥州藤原氏の二代・基衡の妻に迎えています。

基衡と清衡の娘の間には、奥州藤原氏三代・秀衡が生まれています。

秀衡は、源義経を匿い、庇護した人物として知られています。

このように、奥州藤原氏は、阿弖流為の子孫である安倍貞任と婚姻関係を結び、その血脈を受け継いだと考えられます。

3. 蝦夷系豪族との繋がり

阿弖流為の死後、蝦夷の多くは俘囚として各地に配流されました。しかし、その一部は蝦夷の地に留まり、豪族として勢力を保ち続けたと考えられます。

これらの豪族の中には、阿弖流為の血脈を受け継いでいる者もいた可能性が高いです。

実際、奥羽地方には、阿弖流為の子孫を称する豪族が複数存在していました。

例えば、陸奥国の豪族・安倍氏は、阿弖流為の子孫であると自称していました。安倍氏は、奥羽地方で大きな勢力を誇っていた豪族であり、奥州藤原氏との戦いで滅亡するまで、蝦夷の伝統を継承していました。

また、陸奥国の豪族・津軽氏は、阿弖流為の子孫であると自称していました。津軽氏は、奥羽地方の北部に勢力を有する豪族であり、江戸時代には津軽藩を立藩しました。

これらの例からも、阿弖流為の血脈は、蝦夷系豪族を通じて受け継がれていったと考えられます。

参考文献

4. アイヌ民族との繋がり

阿弖流為蝦夷の指導者であり、アイヌ民族の先祖と繋がっていた可能性があります。

アイヌ民族は、北海道の先住民族であり、古くから蝦夷と呼ばれていました。

阿弖流為は、8世紀末から9世紀初頭に活躍した蝦夷の指導者であり、坂上田村麻呂率いる征夷軍との戦いで敗れ、処刑されました。

阿弖流為アイヌ民族の先祖と繋がっていたという確かな証拠はありませんが、いくつかの共通点から、その可能性を示唆する研究者もいます。

例えば、阿弖流為が使用していた武器や武具は、アイヌ民族の伝統的な武器や武具と類似しているという指摘があります。

また、阿弖流為が信仰していたカムイは、アイヌ民族の伝統的な信仰であるカムイ信仰と共通しているという指摘もあります。

これらの共通点から、阿弖流為アイヌ民族の先祖と繋がっていた可能性があり、その血脈はアイヌ民族の中に受け継がれていると考えられます。

しかし、阿弖流為アイヌ民族のどの部族と繋がっていたのか、あるいはアイヌ民族全体の先祖と繋がっていたのかについては、まだ分かっていません。

今後、更なる研究によって、阿弖流為アイヌ民族との繋がりについて、より詳しく明らかになっていくことが期待されます。

5. その他の伝承

阿弖流為の子孫が陸奥国に残留し、代々「阿弖流為」の名を受け継いだとする伝承もあります。

また、阿弖流為が奥州に逃れ、その地で子孫を残したという伝承もあります。

これらの伝承はあくまでも推測であり、確証はありません。

しかし、阿弖流為の血脈が途絶えていない可能性は十分にあり、その子孫は今もどこかでひっそりと暮らしているのかもしれません。

6. まとめ

阿弖流為の子孫については、確かな記録は残されていません。しかし、いくつかの伝承や考察によって、その血脈がどのように受け継がれていったのか、いくつかの可能性が示されています。

これらの伝承や考察はあくまでも推測であり、阿弖流為の子孫が現在どこでどのように暮らしているのかは、誰にも断言できません。

しかし、阿弖流為の血脈が途絶えていない可能性は十分にあり、その子孫は今もどこかでひっそりと暮らしているのかもしれません。

 7. 参考文献